マルチ・デイドリーム・ビリーバー②
脳内でひとり騒いでいると、隣に座っていた年下くんが口を開いた。
「あの、ダイアモンドDDとかってなんなんですかね」
彼が言っているのは、モニターのチーム名の隣に書いてあるものだ。リーダーらしき人物の下に文字が出ているため、てっきり会社か何かだと思っていたのだが。
それにしては、「~DD」とか「クラウン~」とか、「~アンバサダー」が多い。
アンバサダー、と見たところでネスカフェかホテルしか出てこないものの、何かこう、妙である。
「この写真の人はリーダーですか?」
「まぁ、そんな感じ」
お兄さんが答える。リーダーねぇ。
世の中、インスタやら何やらが流行ってはいるけど、リーダーと名のつく人は揃いも揃って、さも「プロのカメラマンから撮ってもらいました」と言わんばかりのキメキメショットがあるものなのだろうか。
「あのチームを率いてる◯◯さんなんてさ」
「ね、ほんとあの人にとっての50万なんて、うちらにとっての50円みたいな感じでしょ」
そんなにお金持ちなんですか?
「そう、すごいよ。部屋から等々力渓谷が見えるところに住んでるんだよね」
「そんな暮らししてみたいわほんと」
「とりあえず俺らは贅沢な旅行くらいで我慢しとこ」
「ねー、バリ行くのめっちゃ楽しみ~」
ほえーーーー…。
⑥やたら「お金持ち」の人に詳しい
いくら人脈が広くたって、そんなに特定の人物のことをみんながみんな知ってるなんてこと、おかしいやろ。
わたしは自然な流れでお手洗いにたち、自然な流れで個室でスマホをスワイプした。
ググったのは、先のおじさんの名前。
…!
売り上げトップの人じゃないですか!!!
ほえーーーーー等々力にあるのはドリームハウスっていうんだ、会社からプレゼントされたんだ!で、なんちゃらアンバサダーとかはそのランクの名前なんじゃん、なるほど…。
と、いうことは
⑦会社の、会社による、会社のためのスポーツ大会を、某国技館を使って開くことがどきる
とんでもねえ資金があるんだな。
ていうかいいのかよ国技館。
一般開放してるとはいえ、今日って建前上どんな名前で出てるわけ?ネットに出てるスケジュール表を見ればたぶん…
【企業式典】
あーーーーでっすよねーーwwwwww
じゃあじゃあ、とそのスポーツ大会のサイトを開く。そこまでオープンに肩書きが出ているなら、きっとチームメンバーも出ているはず。
ビンゴ!メンバー表を見つけた。
さも「FW」や「DF」みたいな感じで、メンバーの名前のところにアルファベットがついているが、これもつまりはそういうことだ。職場のおばさん、そこそこのランクじゃねーか!!
ここまで綺麗にビンゴが続くとな。
他に会話からヒントはなかったか?
「とりあえず俺らは贅沢な旅行くらいで我慢しとこ」
「ねー、バリ行くのめっちゃ楽しみ~」
バリ。
あの口ぶりだと、どうもグループでバリに旅行にいくらしい。10日間も休める会社という時点でもう殴ってやりたいのだが、どうも「グループで休みを合わせて」行くらしい。なんだそれ。その時点であり得ないし、グループは若者ばかり。その金ってどこから出てくるんだ。
⑦年齢や仕事に見合わない生活をしている
【◯◯◯◯◯ バリ島】
検索。ビンゴ。
どうも、一定のランク以上のディストリビューターには、「会社が旅行資金を出してくれる」らしい。すっげーー!!
どうもこの手の人たちは、「充実した週末」「最高の仲間たち」「健康志向」「フォトジェニック!!」みたいなアピールがリアルでもSNSでもすごいイメージなのだが、そういうカラクリだったのね、と。まぁそこまでのランクに行くくらいなら?そこそこ儲けてるんでしょうけどね?
⑧ホームパーティが大好き
⑨健康オタク
⑩妙な結束力がある
思えばヨガやら何たら心理学やら、ホームパーティやらお料理会だのと言っては、いろんな人をおうちに招待していた気がする。無添加とかグルテンフリーとか、妙にこだわっていたような。そして妙にあの人たちは仲が良い。高校生女子ばりにグループを気にしている。それもそのはず、例のマルチはグループのメンバーの売り上げも、自分のランクに関わってくるのだそう。かけがえのない仲間に圧倒的感謝?
一つ解けると全部繋がる。これまでの会話は伏線だったのだ。真実はいつもひとつ!!!
と、トイレの個室でめくるめくひとりアハ体験を繰り広げたのち、観客席へと戻った。先の年下くんはへらへらバスケを見ている。
「やっぱスポーツって燃えますねー!!」
この子、この人たちのバスケサークルに入ろうかなーって言ってたよな。しかしさっきの「ダイアモンドDDって何」発言から察するに、何も知らずに迷い込んでいる状態なのだろう。わたしの記憶が正しければ、この子は中央大の法学部卒だったはずだ。おいおーい!いいのかそれで!!ネームバリューが落ちるぞ!!!
妙な興奮がさめやらぬまま、試合は終わり帰路についた。帰りの道中でもお兄さんたちは話が盛り上がる。
「あのドリンク、1日何本飲んでる?」
「俺、すごい時は3本いってた」
CMのような会話が広げられている。
「ところで、ハロウィン辺りは予定あいてる?大きいクラブを貸し切って、みんなでパーティーしようって言ってるんだけど」
はい出た貸し切り~~
はいキラキラライフ~~~~!!
と、思うわたしの横で、年下くんはやっぱり「そうなんすか、面白そう!」と食いついている!中央法よ~~~~!!
だいたい、そんなにしょっちゅう誘ってくるならそのグループLINEにわたしたちを追加すればいいでしょうに。どうしてそうしないのか。そこき追加できない理由があるんでしょう?知ってるよ、わたしは。
…なんていうことは笑顔で隠し通した。「わたしは何も知らないよ、ほらほら、いいカモがここにいますよ~~!!!」と言わんばかりの演技。あんたらだって騙してるんだからお互い様じゃんね!!
その後、お兄さんたちからの「この後飲みに行く?」という誘いを「今日はちょっと。ごめんなさーい!」と華麗にかわし、会はお開きに。家につくやいなや、年下くんに電話をかける。もしこの子が何も知らないのであれば、すぐに救ったほうがいい。
しかし通話ボタンをタップする前に一瞬止まった。話をどう切り出す?万が一、彼が「そちら側」の人間だったら?どう予防線を張る?
迷った末に、こう打った。
「今日はお疲れ様でした!あんまりスポーツ観戦ってしたことがなかったんですけど、たまにはこういうのもいいですね。楽しかったなー(*^_^*)
そういえば、出入り口で栄養補助食品とかもらえたじゃないですか。ああいうの、結構詳しいほうですか?」
送信。
これなら白でも黒でも、「最近生活リズムが乱れきってて栄養が云々~」とかなんとか言えば適当に乗り切れる。いける。
ブランドや栄養価の話をすれば黒、
それ以外の反応なら、白。
さぁ、どうくる?
「…?ちょっと電話してもいいですか?」
えーーー!!どっちとも取れる!!
電話に出ると、酔っている状態の年下くんと繋がった。どうやらあの後飲みにいって、お酒のせいで誰かの声が聞きたいところだったらしい。無駄にハラハラしたわ、やめてくれ。
どうも話を聞くに完全に白のようだったので、知り得る限りの情報を話した。潜入ミッションで知識を得たことも、そこからのめくるめくアハ体験のことも。するとさすがに酔いが冷めて来たらしい。ガチトーンで「都会って怖いんだな…」と呟いていた。
しかし、なのだ。この手の商売は純な人がしていることも多い。下位層には純粋に「お金を稼げたら家族のために使いたい」「いいものだから、人に教えてあげたい」という、キレイで真っ白な心を持った人がたくさんいる。
それはなぜか。
そういう人たちはもれなく「いいカモ」だからだ。
謳い文句は何も考えなければ実に魅力的だ。何も考えなければ。ビジネスをするサイドは講習だってあるだろうし、そこそこ口はたつ。人を疑うことを知らない優しい人は、信じてしまうのかもしれない。
というわけで、知識はつけておくに越したことはないです。わたしは彼らからのガチな勧誘が来るまで、敢えていいカモのふりをしてどう出るのか探ってみようと思いますが…笑
皆さんも、意外と身近なところにある話だと思うのでお気をつけくださーい!
デイ・マルチドリーム・ビリーバー①
事の発端は飲み友達から。
人見知りをしないことに関しては、他の追随を許さぬわたし。飲み屋だろうがなんだろうが、誰かしらと何かしらで仲良くなる。
その中で親しくなった男性から、「今度仲良い奴らと集まるから飲まない?」と言われたのがきっかけだった。
爽やか好青年、社交的。
イケメンではないけれど、人望はあるのだろうなという感じの人だった。
「へぇー、楽しそうですね!」
と返し、たまたま誘われた日が早く仕事が終わる日で、たまたま職場の近くの場所だったことから誘いに乗った。
閉鎖的な業界で働いてはいれど、元々人と話すのが好きなので、別の仕事をしている人たちと話すのはとても楽しい。
それからというもの、彼からは1〜2週に1度は何かのイベントに誘われるようになった。しかしその時のわたしは「本当にひと月丸々休みがない」という勢いで働いていたため、なかなか話に乗ることはなかった。
そして幾ばくか時は流れ、山が落ち着いた頃。
「スポーツ観戦とか、興味ない?」
いい加減、誘いを断りまくっていることに罪悪感が芽生え始めた頃である。スポーツかぁ。ちょうど、その種目をしている子どもから色々話を聞いているところだった。これを機にルールなんて覚えたら、ちょうどいいのではないか。
「いいですね!」
かくしてわたしは某休日に、その場所へ向かった。
当日。
所用があったためにやや遅れて、その駅についた。他のみんなはもう中に入っているらしい。
そういえば、チケットについて聞いてなかったな、当日券があるのだろうか。
①チケット売り場が開いていない
あれぇ、招待制?
まぁそういうのもあるのか、とスポーツに疎いわたしは勝手に納得した。連絡すると程なくして彼があらわれた。
「お待たせ!これが今日のチケットだから、半券に名前だけ書いてくれたらいいよ!」
はーい、と返事をして受け取る。
するとそのチケットに書いてあった言葉が
ディストリビューター?
どこかで聞いたことがある単語だ…。
だけどなんだか思い出せない。
とりあえず「招待」の欄に記名をして入場する。中に入ると、聞きなれない名前のエナジードリンクと栄養補助食品を渡された。
しかしまぁバンドクラスタのわたしは、当日ワンドリンクなどには慣れっこである。へー、コインを渡さんでも貰えるのね、優しい。くらいにしか思わない。
とにもかくにも!試合である!
わたしたちは中に入った。
アリーナの中央に整備されたコート。
ピカピカのそこにエモみを感じる間も無く、目には「supported by」の文字が入ってきた。
②協賛がマルチである
おおお、かの有名企業じゃないか!!!
よく見てみれば、あたりの上りなどにもめちゃめちゃその会社の名前が書いてある。もちろん、さっきもらったドリンクと補助食品にまで。
…いや、でもあれか?協賛してるだけで、直接的に関係してるとはまだわからないじゃんな?
「俺とかが提携してる会社が協賛でね」
提携、ふーん…。
と、考えていたわたしは思い出した。
「ディストリビューター」。
これ、前に法学徒の後輩と【マルチ商法の説明会】に潜入した時に聞いた単語だ!!確かこれは、商品を購入しつつビジネスをする層に与えられる呼び方ではなかったか。
ていうかこんな「これ、進研ゼミでやった!!」みたいな感じで思い出すわたしって、もしかして優秀なのでは??頭、結構キレるのでは???
とにもかくにも、だ。
さっきのチケットを思い出せ。
③ディストリビューターの欄に知人の名前が書いてある
あーーー!さっきわたしカタカナとはいえ「招待」の欄に自分の名前を書いた気がする!!?うっひゃーー!!!けどまだカタカナだからどうにかなる!!?
頭がぐるぐるしているうちに試合が始まった。
男女混合チーム、ないし男性チームが多い中、ガールズチームが奮闘していることで場内は盛り上がっていた。「あそこ応援しようぜ」という空気になり、遠くのコートを見つめる。
…?
あれ、
あれは…
④手を出していると噂が立っている、先輩同僚が選手として出ている
もはや時がたつほど黒になっていく。
熱気が冷めてしまう。取り戻したい。
そう思った時にハーフタイムショーが始まった。登場したのは名もなきラッパー。まぁ、マイナーな大会だったら仕方ないよね、と思いながら、マイクパフォーマンスに耳を傾ける。
⑤アメリカンウェイ
\\アメリカンウェイ//
\\アメリカンウェイ//
創始者云々、精神云々、
誰にでも与えられるチャンス
3600円から始める
アンチに負けるな
ピンチはチャンス!
\\アメリカンウェイ//
\\アメリカンウェイ//
ウワァァァァァアァァァァァァ
なーーーーんじゃこれはwwwwww
と、話そうと思い隣のお兄さんを見た。
何も反応していない。
えっ、と思って辺りを見渡した。
誰も騒いでいない。騒がないのだ。
何それ!!
アメリカンウェイってやばない?
3600円とかもろじゃない!!?
え、みんな面白いと思わないの、
やばいと思わないの、ねえねえ!!!
脳内でひとり騒いでいると、隣に座っていた年下くんが口を開いた。
狩猟本能に目覚めてエステに行った話 ②
血統書付きのわんことのスプリングチャンスが訪れた野犬は、かくしてエステサロンを訪れることとなった(前記事「狩猟本能に目覚めてエステに行った話①」参照)。
仕事終わりにダッシュで来たので、メイクも落ちかけているが気にしない。
ウィーン
「いらっしゃいませ」
「あ、本日19時から予約の」
「お待ちしておりました(にこ)」
美人なお姉さんに促されるまま、問診票を書く。気になるところ、目的、様々の自分の「コンプレックス」と向き合うのはなかなかに恥ずかしくつらい。
問診票を提出してからは簡単なコース説明を受け、着替えをする。
「今回はボディのコースなので、下着も全部取っていただきます。ロッカーに紙ショーツとガウンがありますので、そちらを着用してくださいね」
紙ショーツ。
それすなわち紙のパンツである。
紙オムツより100倍心許ない代物だ。
衣服を脱ぎ、身につけてみた。「うわぁうっす」と思わず小声が漏れてしまうくらいにペラペラだった。それにガウンを羽織る。手術着の時ぶりのスースー感がある。不安だ。
そして誘導されるがままに、身長体重、代謝率、部位ごとの筋肉量や体脂肪の計測をする。さっきの「うわぁ」以上に「うわぁ」と思った。目の当たりにした数値で、心がしんだ。
そしてである。
「ではこちらの部屋で施術いたしますので、どうぞお入りください」
入った部屋で。
「では初めにですね、内容の相談の際に使いますのでお写真を撮らせていただいてもよろしいですか?」
お写真?
「ガウンを脱いで、後ろ向きにお願いします」
脱ぐ?
「あ、胸元はこちらのタオルで隠していただいて結構です、そのままお願いしますね、はーい」
はーい
はーい
はーい…
わたしは何をしているのだろう。
しかし後に引くことも何もできず、肌を晒した。
ぱしゃ。
「それではこちらは現像に少々かかりますので、後ほど一緒に見ましょうね」
い や だ !!!
そんな気持ちで台に横たわったのを覚えている。
「それで、先ほど計測した数値を見てみるとですね」
忘れないで、夢を。
こぼさないで、涙。
先ほど「いやだ」と思ったタイミングから、脳内BGMがアンパンマンマーチである。
あぁ。もう、どうにでもなれ。
そもそもエステを受けに来るのなんて、だらしない身体の人間しかいないのだ。だらしないから施術してもらうのだ。モデルでもない限り、客層なんて大差あるまい。
「上半身と下半身が、別人なくらい数値が違うんですよ」
曰く、上半身は引き締まっているのに、なぜか下半身ばかりに肉がついているとのこと。
「これは脚のコースで大正解ですね」
大正解と言わしめる、わたしの脚よ。
「それでは、始めさせていただきます」
そして冒頭の場面に繋がる。
まずは代謝を上げるために身体をあたためる。暖かい台の上に、ラップとタオルでくるまれて寝かされる。温熱調理、旨味を閉じ込める時にするようなあんな感じである。
(紙ショーツは身につけているものの)一糸まとわぬわたし。生まれたままの姿のわたし、23歳。今宵は体を伸ばした状態で、ラップに巻かれています。ほぼ全裸なのに、10人中10人を萎えさせる自信がある程度にはエロさもクソもない。
ラップで巻かれたわたしは、自力で動くことすらままならない。もしここで何か起こったら、逃げ出すこともできない。終わる。もし誰かに運んでもらえたとしても、ほぼ全裸である。スケスケのミイラ状態である。お母さん、娘は今ラップに包まれています…。
「それではいよいよセルライトを潰す作業に入るのですが」
お姉さんはローラーのようなものを持っている。
「ちょっと物理的に崩さないことはいかないので…痛いですが我慢してくださいね」
くくく、小さい頃から怪我の多かったわたしである。そんなちょっとくらいではな。
…ほらほら、ふくらはぎ。
全然痛くないじゃないか。
これくらいなら余裕である。
何が我慢してくださいなのかわからな
「では、上の方にいきまーす」
!?
!!!!!!!!????????、?、!!!!!??、!??!
うおぉ、と声が出た。
「どうですか?わかります?」
「わっかりまーーーーすぅぅぅぅぅゔゔ」
「これね、セルライトがあるところにしか反応しないんですよー」
「そうなんですねえぇぇえぇえ」
「ふふ。これ、さっきのふくらはぎと今の太ももと、同じ強さでしてるんですよ」
「うそぉぉぉぉぉお」
「しかもフルパワーの4分の1で、これです」
「へえええええぇぇぇえ」
「ね。痛いですよねぇ。特にこの辺でしょ、ほら、内もものここなんて」
「うおおおお、なっかなか、これは」
「ね、なくしていきましょうねー」
「あ、ちょっと上にずらしますねー」と、紙ショーツをなかなかの際どさのところまであげられ、尻もローラーをかけられる。
「あっ際どいっ」「いったぁぁぁぁぁぁぁい!!!」を交互に心の中で叫ぶ。叫ぶ。苦行だ。これは、苦行だ。万が一そのパンツの際どさ故に事故ったとしても、お姉さんはたぶん見慣れてるんだろうなまぁいいやそれどころじゃないからいたぁぁぁぁあい!!!!!!あっ、ちょっとそれだめだってそれ以上パンツ上げたら色々ダメでしょ痛い痛い痛いうわぁぁぁぁ!!!!!
*
「おつかれさまでしたー」
一仕事終えた。そう思った。
と、ここまでポカポカして代謝がよくなり、ある程度汗をかいていたので、一度シャワーで流すよう指示される。湯上がりで鏡に映ったその顔は疲れ切っていた。ここ、エステサロンなのにな。
「では今崩したセルライトのところを冷却していきますね」
とのこと。
そのままにしておくとまたセルライトが固まってしまうので、
「吸引しつつ冷やしていきますねー」
ということらしい。
きゅぽ、とハコ状のものを両尻に当てられる。そして機械のスイッチをお姉さんが入れる。
うぃぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃん
尻を吸われている。
感覚としては、掃除機で吸われるアレである。
小学生の頃、掃除機かけを指示された弟の邪魔をしていたら、思い切り「強」モードで吸われたことがあったっけ。あの日の感覚が尻に蘇ってきた。懐かしい感覚。どうも、身体は記憶しているらしい。
注文の多い料理店さながら、散々身体をいじくりまわされ、今回の施術は終わった。服も着替え、ホッと一息ついていると、さきほどのお姉さんがやってきた。ふふ、もう許してやろう。今日はありがとうね、感謝してr
「さきほどのお写真が仕上がりました」
全わたしの心がしんだ。
わたしが思い描いていた「わたしの後ろ姿」はイデアでしかなかった。お姉さんの声が遠い。たるたる尻のすてら。ありそう。なんか、絵本とかにありそう。「たるたる尻のすてらは、今日もむしゃむしゃご飯を食べています。あぁ、おいしいおいしい、カロリーはおいしいなぁ」……。
野犬よ。あなたはこのたるみきった身体で、血統書つきのわんこに並べると思っているのですか?そんなもので、手に入れられるとおもっているのですかーー
---
--
エステのお姉さんの勧誘によって、というよりは半ば無意識のうちに、わたしはスッと「セルライト撲滅トライアルコース」に丸をつけていた。
*
というのが、ざっとしたエステ体験記である。
もちろん、体質改善の効果もある。しかし、「おまえはたるんでんだよオラァ!!」と己の現実を突きつけられる絶好の機会でもあるので、「カロリーなんて気にしたら負けだよウフフ」というような食べ飲み大好きお花畑さんは、ぜひ一度行ってメンタルを粉砕されてきてほしい。
狩猟本能に目覚めてエステに行った話①
まな板の鯉、と思った。
身につけているのは、ペラペラとした紙ショーツ1枚だけ。赤ちゃんのおくるみのように、全身をラップで巻かれている。
「こんばんは」と受付の方と挨拶を交わしてから、30分で裸になり、なされるがまま。初対面のお姉さんにさらけ出す、だらしない体。気休め程度にかけられている、胸元のタオルが平たくて虚しい。
どうなのだろう、これは。天井あたりの定点カメラで撮っていたらめちゃめちゃシュールなのではないだろうか。
このように初めてボディエステを受けるまでは、ちょっとした経緯があった。
*
「しかしさ、太ったよね」
わたしの周囲の人々は、オブラートに包むということを知らない。
確かに、確かにである。
前の人と別れてから暴飲暴食はしていたし、それで胃が大きくなったまま忘年会に臨み、新年会に臨み、若手男性陣の「メガ盛りを食す会」に参加し、それで……
「太りましたね」
認めざるを得なかった。
「でもほら、痩せようと思えばいくらでも、ほら?本気出せばいけますし」
「いやー、ね。恋でもしなきゃ無理よ」
最近彼氏ができた先輩が言う。
「そ、そんなことないです!!」
「あぁ、春が来るなぁ…」
「春が来ずとも!やってやりますよ!」
「おお、今すぐ綺麗になってみろ」
売り言葉に買い言葉だ。かくしてわたしは「美意識向上キャンペーン」を始めることとなった。
加えて、である。
同期のアラサーお姉さんの恋活に振り回されながら、それなりにそれっぽい人と食事には行くものの、ピンとくる人は特にいなくて、ということが続いていたある日のこと。波は突然やってきた。
良い男の出現である。
「狩らねば」
本能が言っている。
今までもそこそこいろんな人は見てきた。人よりその数は多いかもしれない。だけど全部ふんわりしていて、なんとなく「良いかなー」と思って、なんとなく始まったり始まらなかったりする程度のものだったのだけど
「狩らねば」
心の声ではなく、思考云々でもなく、なんというか、本能が言っている。なんだこれは。初めての感覚である。
しかし、どうにもブレーキがかかる。
明らかに釣り合わなさそうな物件なのだ。
有名大卒、海外の院に通うかたわら、外資系企業で働く塩顔高身長、会話の受け答えもパーフェクト。太鼓の達人で言えば「良」しかない感じ。漫画かよ。コンボだドン。もう1回遊べるのかドン…?だから諦めた方が…
「本能で、生きてる?」
先日友達からプレゼントされた、ブルゾンちえみの音声スタンプが語りかけてくる。
待て、落ち着け。
わたしは獣ではなくヒトなので、慌てて理性を呼び出した。
よく考えるんだ。彼が良いお家で飼われている、血統書付きのお高いわんこだとしたら、おまえなんてワクチンも打ったことのないような野犬だぞ。
狂犬病キャリアがお屋敷に上がり込もうとしたらどうなる?おまえには山が
~♪
ご飯の誘いがきた。
野犬は狼狽えた。
そしてこのタイミングで、1万円相当のボディエステが無料で受けられるという話が舞い込む。ほくそ笑むブルゾンちえみ。ふぁ、ファビュラス!!!!!!!!
野犬でも、キレイになれば釣り合うのだろうか……………?
かくして、謎の狩猟本能に目覚めたわたしはエステサロンへと足を運ぶのであった。幸せは、スプリングはカムするのだろうか。
つづく。