Coffee brake

ゆるりと気ままに呟きます。

漂流郵便局


「父さんは、君がいなくなってから泣き虫になりました。」

一番はじめに手に取った手紙は、そんな書き出しから始まっていた。



新宿から香川は高松まで高速バスで11時間弱、高松駅から詫間駅まで電車で50分、そこからバスで須田まで15分、港まで徒歩2分、そこからフェリーで15分。そんな長旅の末に、瀬戸内海に浮かぶスクリュー型の小島、粟島へ着いた。

手作りの看板、暖かな気候、島民の方々からの温かな歓迎の中で、ようやく見つけた目的地。



漂流郵便局をご存知だろうか。



もう会えない人、音信不通になってしまった人、過去や現在、未来などの時間の流れは関係なしに、どこかの誰かに宛てた手紙や言葉を預かってくれる場所だ。正規の郵便局ではなく、元々瀬戸内芸術祭の一環で設置された作品なのだが、反響が反響を呼び、今もなお多くの人が訪れる。

小川洋子の小説に出てきそう、と思った。テレビで何度か特集を目にするうちにどうしても行きたくなって、つい先日、卒業旅行として友人と訪れた。



辺りに並べられたカゴから封筒をひとつ取る。息子さんを亡くしたお父さんの手紙だった。この場所に流れ着く手紙で最も多いのが、亡くなった人に宛てた手紙だ。そう知ってはいたものの、あまりにのどかな島の中で、唐突に死という冷たいものに触れたために、戸惑いを隠しきれなかった。


「父さんは、君がいなくなってから泣き虫になりました。」


お父さんはきっと、息子さんが生きていた頃は涙を見せることもない強い人だったのだろう。そして、ずっとずっとやり場のない気持ちを抱えているうちに、言葉を預かってくれるこの郵便局を見つけた。


「父さんは今もサッカーを教えています。相手は君と同じ小学生です。」


流れ続けるひとりの時間と止まったままのひとりの時間。それが交わることが許される場所なんだな、と思った。


「また公園で一緒にサッカーしような。それでは、また書きます。」


そのお父さんからは何ヶ月かおきに手紙が届いているようで、それも並んで丁寧にカゴにおさめられていた。徐々に手紙の間隔が空いてきているのは、少しずつ救われてきている、ということなのだろうか。



たくさんの手紙を見ていて気づいた。名前が明記してあるものも多いのだが、「あなたへ」という言葉も多い。

「あなた」は誰でもそう呼ばれうる、抽象的な呼称だ。でも、手紙の書き手からしてみると、「あなた」が指し示す人物はただ一人しかいない。呼び方を突き詰めていくと、そうなっていくのかな、なんて思った。



あの時できなかったこと、言えなかったこと、数え切れないほどの後悔の言葉があった。気持ちを伝えたい相手は確かに定まっているのに、ここにある手紙や葉書がその人に届くことは決してない。だからこそ、素直に気持ちを表現することができるのかもしれないけど、なんだか切ない。

当初は数百通ほどだった手紙は、今では一万を超える数が届いているのだという。届かないとわかっていても、このような場所を必要としている人はたくさんいる。「その大切な手紙は、全部ここに飾っておくんです。差出人がいつ迎えにきても良いようにね」と語る局長さんは、御年81歳。笑顔を絶やさない素敵な人だった。


「今度来るときは、良い人と来なさいよ」


かっはっは、と大きく笑う局長さんに、鼻をぐずらせながら「だと良いですけど」と言った。ばっちりアイメイクをしてこの郵便局を訪れることは絶対におすすめしない。ゆったりと時間が流れるこの島は本当に素敵な場所で、絶対にまた来たいと思うところだった。なんなら帰りたくない。でも。


「寒波がまずいそうなのでもう行かなきゃ…」


非情にも歴史的大寒波の襲来を目前に控えていたので、予定を早めて帰らざるを得なかった。朝はあんなに晴れていたのに暗雲が押し寄せ、四国なのに信じがたいほど冷え込んできた。タイミング、ほんとにタイミング悪い…。

結局、「たぶんその予定だと間違いなく帰れなくなるよ」という近所の民宿のおじさんのアドバイスを受け、急遽翌朝のジェットスターを確保した。最後は駆け足となってしまったが、至る所で「またおいでね」と言われながら、フェリーに揺られ島を後にした。



どうせなら。今、会える人たちには直接言葉を伝えたい。大切な人であればあるほど、大切なことであればあるほど。だけどわたしも素直じゃないから、なかなかうまくはいかないとは思うけど。もし心を休めたいとき、何か行き場のない気持ちを抱えたときは、この郵便局を思い出すとちょっと救われるかも。


香川県粟島。機会があれば、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。http://missing-post-office.com/