執事喫茶へ行く ①
「心を浄化しに行こう」
真顔でバイトの同僚がそう言ったことから始まった。大学3年の冬だった。
「何どうしたの浄化とか。ソウルジェムでもやられてきたの?」
わたしはその時、アニメ好きの友人から「とりあえず見ておけ」と勧められたまどマギを夜通し見るというタスクをこなしていた。
「ソウルジェムより目のクマやばいけど大丈夫?毎日モンスター飲むのやめなってば」
「えーほらでもねよく見て、わたしが飲むのはいっつもアブソリュートリーゼロなの!その辺気にしちゃうあたりまじ女子r」
「んで本題に戻るけどさ」
全力のボケをかわされた。
「最近、誰かにちやほやされてる?」
chiya-hoya.
脳内で行き場のないアルファベットが浮遊する。ちやほや。ちやほや…?なるほど今は彼氏もいないし、強いて言えば飲み屋のおじさんとかはなんとなく女の子扱いされるけど、最近に至っては塾の社員さんまで呼び方g
ガララッ
「姐さん、○○さんの代講分のプリントおいとくね。まぁあなたならできるでしょ」
姉さん、ではなく姐さん。
バイト講師内でも年下の方なのに、開校当時からバリバリ仕事をしていたせいで、わたしは完全に準社員ポジションの姐さんと化していた。わたし以外のスタメンはみんな男性だったのだが、並んで歩けばどこぞのボスが子分を引き連れて歩いているようだとも形容された。大切にすべき紅一点なのにひどい言われようである。
ちなみに今でも、どんな場所へ行っても誰かしら姐さんと呼ぶ人間が存在する。でぇーい!茶を持って来い畜生め!!
「ちやほやされたいです」
「でしょ。あたしらのお局感、端から見たら結構やばいっぽいし」
そんな彼女も開校当時から事務を担当しており、今や社員よりも作業をスムーズにこなすツボネーズの一人だ。確かに生徒たちの態度を見ても、他のバイト講師たちよりもわたしたちに対する方が明らかに一目置いている、というか若干恐れている。若干礼も深い。子ども心にもオツボネ感を汲み取っているのだろうか。
「池袋に完全予約制の執事喫茶があるんだってさ」
完全予約制の執事喫茶。
この前親知らずを抜いてきた有名な歯医者さんも完全予約制だった。それと同等の喫茶店だと? あの全然痛みもなく抜歯してくれた名医と一緒? すげぇ。…と、よくわからない私情を挟みつつ、「執事」という言葉に大変心惹かれた。
ド田舎出身のクソ庶民のわたしにも執事がついてくれるのか。金髪縦ロールで、なんかパラソルみたいにぶわって広がるスカートをはいていなくてもいいのか。無駄にバージンヘアを貫いている黒髪女でも洋館のお嬢様になれるのか。それは
「行くしかない」
この間2秒である。
「さすが!そのノリの良さ大好きだよ!」
ツボネちゃん(仮名)は興奮のあまりウォォなどという、少し親しみを見せ始めた獣の唸り声のような音を出している。喜んでいる。わたしもウォォ、と応えた。
こうして獣2匹は人生初の執事喫茶へ行くことになった。この時点で既に先が思いやられる。