Coffee brake

ゆるりと気ままに呟きます。

執事喫茶へ行く ②


いざ、執事喫茶。完全予約制というので、ここはひとつわたしが、と先日済ませておいた。


青地に蝶が舞う、お上品なサイトにはお屋敷の様子と執事が写る。異世界としか言いようがない。「お屋敷のご案内」「教えて執事」などとクリックしたくてたまらないリンクが多々あるものの、まずは「ご来館予約」をクリックした。

なるほど…日によって1名~4名まで案内している席数に限りがある。席は基本80分、ディナータイムは120分。おそるおそるクリックする。

なんとそこでは「店での呼ばれ方」をセレクトできるらしい。ほええ。奥様、お嬢様、お坊ちゃま…。迷わずお嬢様をクリックする。姐さんが裏でこんなことしちゃってる。謎の背徳感でぞくぞくが止まらない。



かくして異世界キラキラ空間へ飛び込んで行くべく、わたしは山手線に乗り込んだ。いざ、スワロウテイル。法螺貝が鳴り響く。もうどうにでもして。わたしは今日だけお嬢様。


池袋の中央改札で同じお局ポジションのツボネちゃん(仮名)と待ち合わせ、お店に向かう。


「どうしよう、人生初のデートの時ばりに緊張してる」

「謎にめかし込んでるもんね」


レンガ調で蔦が這う外観にたじろぎながら、コツコツと階段を下る。そこに立つのは燕尾服を着た男性、いや、執事だった。イケメン。既にしてイケメン。

名前を伝え、店の前の椅子にちょこんと座る。扉は重そうなしっかりとした造りで、アンティーク調のチャイムもついている。空気感が、違う。ここは池袋などではない。


「(世界観なめてた)」

「(シッ)」


思わず漏らしてしまった声をツボネちゃんに咎められながら、わたしは壁を見つめていた。すごい。やっぱりこういうところで働くのってルックスも関係してくるのだろうか。


扉が開く。


それではこちらへ、などと声をかけて頂いたような気がするが、正確に覚えていない。それよりも景色の衝撃がすごかった。目に飛び込んできたのは洋館そのもの。ベルサイユ、薔薇の花、オスカル、ヨーロピアン。そんな言葉が飛び交っていそうな空間は、微塵も平成の日本ということを感じさせない。

お付きの執事がコートを預かってくれるのだが、わたしはなかなかスムーズに脱げなかった。スッと上着を脱いだツボネちゃんが澄ました顔でこちらを見ている。むむ。


席へ通される。カーテンがかかり半個室状態だ。ソファーはふかふか、クッションもある。執事はわたしたちが座ったのを確認し、自己紹介をはじめた。若いイケメン執事はまだ新人らしく、若干緊張の表情が見え、逆に安心した。わたしたちも緊張してます。自分のお屋敷ですけど。



執事の名前を緊張のあまり忘れてしまったので仮にセバスチャンとしよう。セバスチャンはわたしたちのお膝にナプキンをかけた。


「お呼びの際はこちらの鈴を鳴らしてください」


鈴…鈴ですって。もう顔を見合わせただけでツボネちゃんとは通じ合える。ほんとに鳴らすの?ほら見て、周りのお嬢様や奥様たちは手慣れた手つきで鳴らしてるどころか、あんなに執事と親しげに話しているわ。わたしたちだってそれくらい…。でもそんな動揺を見せてはいけない。ごほん、と咳払いをするとわたしの膝からはらりとナプキンが落ちて、慌ててセバスチャンが飛んできた。ごめんセバスチャン。


チリン…と申し訳程度の音を鳴らすと、セバスチャンはすぐさまにっこり振り向いた。ああ…絶対気遣われてる、優しさがつらい。


「あの…」と、蚊の鳴くような声でガチガチのまま頼んだのは段々になっているカゴに盛られたスイーツと紅茶。スイーツはご丁寧にセバスチャンがお皿に取り分けてくれた。


「スコーンにジャムってどうやってつけるの」

「え、塗ればいいんじゃないの」

「でもなんかここに切れ目あるよ!?」

「え、挟むの!?そんなばかな」

「わかんないよ?テーブルマナーがわかんない!」

「やだもう!お箸がほしい!(?)」


こんな具合にいらんところでパニクってはナプキンが落ち、セバスチャンは飛んできた。なんとかスコーンを食べ終わっては「次の菓子は自分でとって良いのか、それともチリンとセバスチャンを呼ぶべきなのか」とパニクり、ナプキンが落ち、その都度セバスチャンは飛んできた。嫌な顔してもええんやで…ていうかもうナプキンなんていいよ大丈夫だよスコーンの粉くらい払えば…。


そうこうしているうちにあっという間に時間は過ぎ、セバスチャンから「舞踏会の時間ですよ」と声がかかる。嘘だろ、80分かけてお菓子食べたの?わたしら。


コートをご丁寧に着せられ、「馬車が待っております。いってらっしゃいませ」と見送られる。純な目をしたセバスチャンは深いお辞儀をする。いってきます、とドアを抜けたわたしたちを迎えたのは、なんの変哲もない道路に電柱、アニメTを着た人の群だった。嗚呼。




…というわけでわたしから言えることは
「テーブルマナーは完璧にしておけ」です。



しかし、少々値段はお高めですが、絶対行く価値はあります。そのくらい完璧な世界観ができあがっています。興味がある人は、ぜひぜひ。