Coffee brake

ゆるりと気ままに呟きます。

ある男の子の話

今日は、塾講時代の話。


*


ある生徒がいた。
彼を仮にAくんとする。


女子には意地悪をして、講師の言うことはきかない。授業も自分に発言権が回らなければ妨害に走るため、ろくに授業が回らない。Aくんはそんな子だった。
見るに見かねたわたしは、みんなに自習をさせている間、彼を別室に呼んで話をきいた。


どうしてみんなとせっかく一緒に勉強してるのに、そんなことをするの?と聞いても「別にいいし。」の一点張り。ほんとにいいの?「別にいいし。」目、合わせてくれないね。「別にいいし。」何かあるから、わたしの方向いてくれないんじゃないの?「別にいいし。」なんだか自分に言い聞かせているように、同じ言葉ばかりを繰り返す。


わたしはAにどんなことがあったのか、どんなことを考えてるか知りたいだけなんだよ。言える範囲だけでも、別にいいから。

ずっと優しく問いかけていたら徐々に彼の声が震えてきてとうとう泣き始めてしまった。ほら、別によくなんかないじゃん。言っちゃえばいいんだよ、わたしはなんでも聞くって言ってるんだからさ。



彼はぽろぽろ言葉をこぼし始めた。



彼の親は、自分の仕事を継がせたいと思っている。しかし上の兄弟は受験に失敗してしまった。だから全部そのプレッシャーがかかってきてしまう。だから何をやってもなかなか褒めてもらえない。学校だってそうだ、先生は怒ってばかり。自分のことは認めてくれない。俺だって頑張ってるのに…。

だから、別にいいし、って思うことにした。そうやって頑張ってきた。頑張ってきたのに、わかってもらえなくて、イライラして。履いているジーンズに涙を落としながら、しゃくりあげながら彼は語った。その姿がいじらしくて仕方なくて、わたしも涙が滲みそうになった。



もっと早く聞いてあげれば良かったね、ごめんね。とわたしは頭を撫でた。言ってくれてありがとうね。頑張ってるよ、Aは。知ってるよ、わたしはずっと見てるから。実はテストで毎回良い点とってるのも知ってる。真剣になると誰よりも問題解くのも速いし、すっごく頑張りやさんだよね。嫌なことがあった日も、ちゃんとわたしの授業には来てくれてるしすごいよ。それだけでもとっても嬉しい。

でも、ひとを嫌な気持ちにさせちゃったのも確かだよね。もし教室に戻ったらそれだけ謝れるかな?そしたら時間まで、もうちょっと一緒に頑張ろうよ。


そう言うと、彼は素直に頷いた。もし何かあったら、わたしが何でも聞くから。授業がない日でもいつでも捕まえていいからね。


一緒に戻る?それとも先にひとりで行く?と尋ねると、彼は「ひとりで行ける」と立ち上がり、教室へ戻った。わたしがひと息遅れて教室に入る頃には、彼も含めて全員が、何事もなかったかのようにみんな自分の課題に真剣に取り組んでいた。その日の授業は終わった。



*



後日、社員さん経由で話を聞いた。あの日帰ってから、彼はお母さんにわたしの話をしてくれたらしい。感謝の言葉が届いた。それからというものの、彼は急に凛々しくなり、勉強へ向かう姿勢も変わった。なんだか面と向かうと照れくさいのか、わたしと顔を合わせるたびに「あ、先生だ。名前なんだっけ。」などと言ってきたりした。わかってるくせに。


子どもに何か異変がある時は、大抵その子だけに問題があるわけではない。その周囲も見なければ、問題の解決にはつながらない。

先日逮捕されてしまった芸人さんも、そのような依存症に陥らせるきっかけは何かあったのだろう。案の定、幼少期に壮絶な経験もあったらしいし。

そんなのに比べたらAくんの件はまだ小さな問題だったかもしれないけど、子どもの彼にとっては大きな問題だっただろうし、言葉をかけたことで少しでも良い方向に導くことができたなら。


そんな風に思う出来事だった。